「おうガイコツ!いける?」
「おっ、今日も来ましたね」
昔海賊王の船に乗っていたというガイコツ男がマスターを務める『bar ラブーン』、ここではどんな人でも、あるいは人ではなくても、気軽に楽しい時間を過ごすことができる。
海賊船の甲板の一部を再利用して作ったという入り口のドアを開けたのは、たしか明石家さんまとかいう男だ。普段は芸人をやっていてそこそこ有名なのだと常連客が話しているのを聞いたことがある。
いかにも陽気そうなこの男は案の定後ろに女性を二人連れており、三人で店に入ってきた。
男は店へ入ると、他の席には目もくれずにスタスタと歩き、赤い髪の老人が座っているカウンター席の前で足を止めた。
「ここ俺の席やねんけど。どいてもらえる?」
男は白い歯を覗かせながら、当然といった様子でそう言った。
老人は耳が遠いのか、男の言葉には反応せず、目の前のグラスを口へ運んだ。
「なあ、聞こえてますかー?そこは俺がいつも座っとる席やねん」
男は先ほどよりもやや口角を下げながらもう一度言った。
老人は一瞬男の方に目を向けたように見えたが、言葉を返すことはなく、無言でグラスをテーブルに置いた。その瞬間、空気がガラッと変わったような、妙な寒気がした。
よく見ると、老人は歳の割に引き締まった腕をしており、薄暗くてはっきりとは見えないものの、顔もなかなかに整っている。
「おいなんで無視すんねん。お前そんな偉いんか?なんやお前、よく見たら片腕ないやないか。そのへんのサメにでも食いちぎられたんか?」
男はそう言うと、「ハァー」と独特の引き笑いをした。
明らかに店内は緊張感に包まれており、他の客たちもこれがどんな結末になるのかと2人に注目していた。
数秒の静寂の後、老人はゆっくりと首を動かし、男の方に顔を向けた。その瞬間、まるで体に雷が落ちたかのような衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。
目を覚ますと、マスター、陽気な男、赤髪の老人以外は皆気絶しており、まるで凄惨な事件でも起こったかのような状況だった。
時計を見ると、時間は全く進んでおらず、自分はすぐに目を覚ましたのだと判った。今起こったことに対する恐怖心もあったが、この事の顛末を見届けられることを嬉しく思った。
マスターは慣れた手つきで、飛び散ったグラスの破片を静かに掃除し始めた。
なるほど、元海賊王のクルーが営んでいるというだけあって、このような強者も集まってくるのかと納得していると、男が口を開いた。
「なんやお前、今のどうやったん?マジシャンやったんか。ってことは客もみんなサクラかい。いやでもこの子たちも倒れとるからそんなわけないか」
男は自分の後ろに倒れている二人の女性を見ながらそう言うと、またあの奇妙な引き笑いをした。そしてそのまま上着の内側に手を入れると、中から小さな銃を取り出した。
「昨日たまたま紳助から貰ったんやけど、ポッケに入れたまんまで良かったわ」
そう言って老人に銃口を向けた。
老人は動揺する様子はなく、顔の向きを再び正面に戻すと、落ち着いた口調でこう言った。
「ピストル抜いたからには、命賭けろよ」
男が「は?」と返すと、老人は続けてこう言った。
「そいつは脅しの道具じゃねえって言ったんだ」
再び男が「はあ?」と返し、今にも引き金を引こうとした時、床のガラスを拾い終わったマスターが立ち上がり、二人に向けて言った。
「他のお客様もいるので、今日のところはお引き取りを」
老人は一瞬動きを止めたが、マスターが言うなら仕方ないといった様子で歩き出し、そのまま無言で店を出て行った。
しばらくすると男も、トラブルを起こしてばつが悪いと感じたのか、女性たちを揺すり起こすと「また来るわ」と言い残して店を出た。
今日はいいものが見れたなと思い、もう一杯頼もうかとマスターの方を見ると、すぐに目が合い、マスターの方から声を掛けてきた。
「いやー、すみませんね。私も肝を冷やしましたよ。私、ガイコツだから肝ないんですけど。ヨホホホホ!」