「もっといいプランを立ててこい!!」
オフィスの一室から怒鳴り声が聞こえてくる。
ここはニューヨークにある「全米はげちゃびん協会」のオフィスだ。
「いいか。我が『全米はげちゃびん協会』の歴史は長い。我が協会は19世紀末に製鉄業で巨財を築いたトゥーヒー・アラワニー氏が設立した、はげた男性の社会的地位を向上させるための団体だ。イギリスやフランス、日本にだって支部がある大組織だ。しかしながら現在、我が協会の力は急速に低下している。なぜか分かるか?」
「それは、多様性が尊重される社会になったから・・・?」
「君は何も分かっちゃいないんだな。次期会長候補とは呆れるよ。わが協会の定款第1条と規則第3条を暗唱してみなよ。」
「えっと、
『この協会の目的は頭皮の後退した男性を保護し、またその威厳を保たせることによって、その社会的地位を向上させることにある.』
『3条 当会員は定款1条の目的達成のため、以下の規律を守る事が義務づけられる。
1項 当会員は頭頂部の頭髪を完全に排除し、その保湿に努めること
2項 当会員は口ひげを伸ばすこと』」
「そこまで。もう気がついただろう。」
「ええ、最近は3条2項の口ひげ義務が保たれていません。」
「その通り。かつて我が協会の広告塔であった大俳優も口ひげをしなくなった。おまけに最近幅をきかせているのは某インターネット経由の小売業を営む会長や、国外だと某無線通信サービス会社の社長など、頭皮が減退しているにもかかわらず口ひげを生やしていない成功者が増えすぎている。これは我が協会を大きく揺るがす由々しき事態だと思わんかね。」
「しかし、3条2項はあくまでもはげてしまった男性の社会的地位を向上させる手段に過ぎないのであって、彼らの活躍によってそれが達成されるのなら構わないのでは?」
「馬鹿なことを言ってるんじゃない!いいか、このような者たちが社会的成功を収めると我が協会の存在意義が覆る。これは次期会長候補の君にとっても他人事ではないだろう?」
「確かにそうですね」
「なのにこの計画案ときたらPR動画を作る、州との連携を活性化させる、より良い保湿剤を開発する、などなど全く口ひげについて検討した案がないじゃないか。いいか、今必要とされてるのは口ひげなんだ、口ひげの案を出してくれりゃいいんだ。」
「会長、お言葉ですが、そんなに口ひげにこだわるなら全米口ひげ協会にしてしまえばいいのではないですか?」
「馬鹿なことを言うな、私は必死になって……」
「必死になって、私腹を肥やしてきたんですよね」
「君、何を?」
「知ってますよ。貴方が我が協会会長になったとき、爆発的に人数が増えました。それと同時にある団体の勢力も増しました。『太平洋口ひげ協会』です。『太平洋口ひげ協会』は貴方が我が協会の会長就任から爆発的に会員数を広げ、東海岸まで広がった。そしてその会員は我が会員と相当程度重複している。また、努力義務だった口ひげ義務を義務に押し上げたのも貴方だ。」
「そんなの、言いがかりだ」
「詳しく調べてみたんですよ。そしたら『太平洋口ひげ協会』のオフィスビル、貴方の会社の持ちビルだったそうじゃないですか。
貴方は『全米はげちゃびん協会会長』という地位にいながら、『太平洋口ひげ協会』と癒着し、会員から多額の寄付金を巻き上げ、私腹を肥やしていた。そして時代の変化によって口ひげが衰退し、自身の財力も衰えてきた。だから我が協会をまた利用しようとしているんです。」
「いい加減にしろっ!」
「いい加減にするのは貴方の方だ!!!」
静寂が流れた。
「貴方は自分の権限を濫用し、多くのはげちゃびんたちを弄んだ。そのような人間に、この協会の会長が務まるわけがない。」
会長は膝から崩れ落ちた。