新人「どうも初めまして。あれ、僕ら二人だけですか?」
先輩「なんだ…今年も一人か…まーとりあえず入ろうや。
…すいませーん。先日予約した…そうです、山井です」
―――薄暗い居酒屋の奥へと案内される
新人「先輩は山井さんっていうんですね。僕は、はg…」
先輩「ストーーーップ!スパイなら簡単に名前を明かすな」
新人「え、うわ、あの、すいません…」
先輩「いや、大声出して悪かった。俺もスパイ失格だな、ハハ」
新人「…ってことは山井っていう苗字は…」
先輩「もちろん偽名だ。入社後に本格マニュアルを叩き込まれる。
これがまた分厚くて初任者には結構キツイ」
新人「なるほど。そういえばどうして僕たち二人だけなんですか?」
先輩「とりあえずこの業界の入社倍率知ってる?」
新人「たしか200倍強ぐらい…」
先輩「最近はそんなもんだな。景気もよくないし。
面接で『初めにあなたのお名前を―』って質問あったろ?」
新人「はい。定番のやりとりですね」
先輩「それを履歴書通りに答えた時点でアウト」
新人「え?嘘?…そういえば緊張して間違えたかもしれない」
先輩「だろ?俺はてっきり好きなタレントだと思って
『柴田恭兵さんです』って答えたんだよ。そしたら即入社決定」
新人「ハハハ。僕はうっかりオギワラって答えちゃっ…」
先輩「おい!」
新人「(びくんッ!)」
先輩「今のは……まあセーフか。隠語でいうと内野安打だ」
新人「す、すいません(…この先やっていけるだろうか)」
―――ピーピロリルン♪
先輩「ボスから電話だ」
先輩「もしもし…はい…今ですか?…来てますよ…えー、二人で…
いや、仕方ないですよ。まさかこの時期に潜入の依頼入るなんて…
あ、彼ですか?…近くにいます。代わりましょうか?」
先輩「ボスが君と直々に話がしたいそうだ。」
新人「え?僕とですか?」
先輩「そう言ってるだろ。早く出ろ。失礼のないようにな」
新人「わ、分かりました」
新人「もしもし、お電話代わりました萩原…です………はっ!」
先輩「残念ながらアウトだ。隠語でいうとインフィールドフライだ」
新人「せ、先輩…」
先輩「試験は続いてたのだよ。実に惜しい、が君の負けだ」
早々に席を立った先輩は支払いを済ませて去っていった。
携帯にはボスからの着信履歴なんてなかった。
畜生…あれだけ釘を刺されながらあんなミスを。
僕はただ悔しくて、渡された携帯の自局番号表示を盗み見した。
―――山田レジェンタ三郎 090-xxxx-xxxx
カシスオレンジの甘ったるさが僕の敗北を意味していた。