僕は不動産屋に立っている。
ここの看板の英語に魅入られたからだ。
「GO TO HELL」
意味はまったくわからないがなんと甘美な言葉なんだろう。
田舎者にとって英語は計り知れない力が・・・プワァーがあるんだ!
吸い寄せられるように不動産屋に入ってしまう。
「Wellcome Boy」
不動産屋の店主が英語を話してる。
僕にはそれが信じられなくてガタガタ震えだした。田舎者とばれたくない。この店主にだけは存在を否定されたくない。そう思って必死に隠していた。
英語のしゃべれる不動産屋は一瞬不思議そうな顔をしたがニコニコしながらイスを指差し
「Chear」
と言った。
きっと俺の浅はかな考えがわかったのだろう。さすがは英語もできて料理もうまい不動産屋だ。僕の心がわかっているならと緊張が一気に解けた。
「Sige」
サイン。
この言葉は「署名しろ」ということらしい。
言われてすぐインターネットカフェに行って調べてきたから間違いない。
3時間パックだったのでるろうに剣心も読んできた。剣心最高。
僕はすぐさま英語がしゃべれて料理もうまくて高校は通信制だった不動産屋の言われるがままサインをした。
築30年、風呂なしトイレ共同のアパートで家賃は50万だったが英語がしゃべれて料理もうまくて高校は通信制でたまに人が嫌になって1ヶ月ぐらい自分探しの旅にでる不動産屋だったから文句は言うまい。
「せ、せんきゅー・・・」
その時、僕は生まれて初めて口から英語を出した。心地よい歌を歌っているようなそんな気分、鼻から口からさわやかな高原の一陣の風が通りすぎたような気分、店員から「これが最後の一個だったんですよ」と言われた時の気分。
ようするに最高だってことだ。剣心も最高。
もう一度、今度は大きな声で言ってみた。
「せ、せんきゅー」
「あ〜、あんがとね」
ただの不動産屋を殴って唾吐いて帰ってやった。