音楽性の違いによる崩壊の危機に瀕したバンドのドラムスからの相談を受けた山岡は一連の経緯を一通り聞き、少々の思案の後、告げた。
山岡「よし分かった、じゃあ明日の晩バンドのメンバー全員、岡星に連れてきてくれ」
翌日の晩、言いつけ通りにメンバーは揃っていたが雰囲気は最悪で、お互いに口を利こうとしないか、あるいは開けば罵りの言葉ばかりであった。
山岡「せっかく岡星に来たんだからまず何か腹に入れましょう、といってもいきなり味噌汁で申し訳ないんですが」
Vo「や、うれしいわ、白味噌の味噌汁、この上品な味、生き返った気がする」
Gu「甘えな」 Ba「こんなの飲んで喜んでるから、ビジュアルロックみたいなデレッデレした音楽しか歌えないんだな」 Gu「なんやて」
Ya「おやお口に会いませんでしたか、ではこちらはどうですか」とまた味噌汁を出す。
Gu「わあ、八丁味噌だ、このひきしまった味、ほっとするわ」
Vo「上品な味やないな」
Ba「こんな渋い味噌汁飲んでたらリズムも音感も狂うわ」 Gu「あぁ!?」
Ya「困ったなぁ、じゃあこちらなんかは」三度味噌汁を出す。
Ba「仙台味噌か、これこそ本当の味噌汁よ」
Gu「田舎(カントリー)臭い味だな」 Ba「んだとコラ」
Vo「おや、田舎(カントリー)の匂いがする言うただけやんなあ、ひがまんといてや」
何か火がついてしまったかのように3人の罵声が飛び交う。ああ、失敗だ、ドラムスはそう確信し頭を抱えてしまった。明らかに人選ミスだ、こんな人に頼むんじゃなかった......、と。
しかしこの重責を抱えた男の顔には微笑が湛えられていた、そして予想外の結論がその口から飛び出した。
山岡「君達の様子を見て確信した、このバンドは間違いなく成功する」
急転直下の言葉に4人全員が山岡を注視し黙らざるを得なかった。
山岡「今日の味噌汁の味噌は君たちの出身地を調べて決めた。京都の白味噌、名古屋の八丁味噌、宮城の仙台味噌。君たちはバンドの団結は食事からだといった。日本のバンドの食事で欠かせないのが味噌汁だ。ところがその味噌汁をめぐって君たちは激しいやり取りをした。これを各ユニットでやったらどうなる」
一同「ミリオンセラーどころか空中分解するな」
山岡「逆だ、一番まずいバンドはお互いに冷淡なバンドだ。相手をよく知るにはケンカが必要だ」
Vo「そうか、互いに冷たくて無関心なバンドは崩壊する」
Ba「逆にケンカして仲直りするバンドは崩壊しない」
Gu「ケンカをすすめてバンドの崩壊を防ぐ、逆説的だけど面白いな」
こうしてバンドは再び一致団結し、当面の空中崩壊の危機を乗り越えた。
しかし数年の後、各個人の好みをフィーチャーさせ過ぎたアルバムばかりリリースしていたバンドに対し、各音楽誌やファンから「ビジュアル・ヒップホップ・メタル・カントリーと方向性が全くバラバラで一体何をしたいのかが全然見えてこない」という痛烈な批判が続出した。
結果セールスは下降の一途を辿り、ギターの「味噌もクソも無い」というセンセーショナルな発言が内部の決裂を浮き彫りにした形となり、程無くバンドは消滅の運命を辿っていった。
山岡はその顛末を知ると苦虫を噛み潰したかのごとくこう回顧するのだった。
「ピーナッツ味噌を知っていればこんなことにはならなかったろうにな」