隅の方で体操すわりをしている少年がいた。
「どうしたの」と声をかけた。
すると少年はゆっくりとこちらを向いた。
目を異常なほどに真っ赤に腫らしている。
ただ事じゃないなと思った僕は番頭に事情を説明しに行った。
しかし番頭はほっといてあげてくださいの一点張り。
それから後は、僕が何をいってもはにかむばかりだった。
対応には腑に落ちなかったが仕方ないのでお風呂にはいろうと
きびすを返した瞬間、こぼれたようにポツリと番頭は言った。
「ああやって大人に近づいていくんですね」
振り返ると一人の親の顔をした番頭がいた。
そういうことか・・・。
僕は少年に何も言わずコーヒー牛乳を渡した。
戸惑っていたがそれを受け取った少年は一気にそれを飲み干した。
するとどうだろう、何かふっ切れたのか顔つきがさっきと全然違う。
一点の曇りもない極めてさわやかなものだった。
立ち上がって僕に一礼したあと、少年は歩き出した。
後姿からでもわかる。若気と活気に満ち溢れていた。
僕にもああいう頃があったんだなぁ。
たるんだ自分の体を見ながらそう思った。
似ても似つかない少年に自分を照らし合わせながらそう思った。
忘れていた記憶の片隅から懐かしい思い出が溢れてくる。
あの少年に感謝しなくちゃなぁ・・・。
回顧するうちにのぼせてきたので風呂からでた。
ボーっとするが気分はいたって良い。
何気ない時間を過ごしていても、こうやって過去を思い返すときが来る。
そうであるなら、もっと楽しく生きようと思った。
以前より少し色鮮やかな世界がひろがった気がした。
少年からこぼれた涙で作られた初恋風呂はやっぱり甘酸っぱかった。