お嬢ちゃん、ドラゴンは昔、学童保育の先生をしてたことがあってね。いや、保育士とか教員の資格を持ってたわけじゃないんだけど、その学童で障害児を一人受け入れることになったから、マンツーマンで付き添える若い男のアルバイトがとりあえず欲しいってんで、素人のドラゴンにお呼びがかかったんだ。
豊田たくみ君っていってね、丁度、今のお嬢ちゃんぐらいの年齢の男の子だった。知恵遅れからくる自閉症と多動症を患ってるとかなんとかで、ドラゴンも障害児の相手をするのは初めての経験だからちょっと身構えてたけど、見た目は、べつにダウン症とか、ああいう面白い顔とは違って、結構かわいい顔してた。
コミュニケーションの基本はお気に入りフレーズの連呼とオウム返しかな。毎日、学童来ると真冬でも水遊びはじめるんだけど、ペットボトルに入れた泥水をすぐに口に含んじゃう。それを一日に30回くらい繰り返すから、後半はドラゴンもいちいち止めなかった。それで水浸しの地べたに直接座ったビチョビチョのケツのままドラゴンの肩に乗っかってきて肩車を何度もせがんでぐるの、「モッカイヤッテ(もう一回やって)」って。たくみの数少ない自発的な言動がこの「モッカイヤッテ」とドラゴン目当てに寄って来た他の児童に言い放つ「アチイケ(あっち行け)」だった。また、たくみが持ってくる弁当の中身が面白いんだけど、偏食が激しすぎて、食えないもんが多すぎるから、いつも寸分の狂いなくスパゲティとオニギリ二個なの。あいつ学校給食の時は何食ってたんだろ。あと、きかんしゃトーマスは大のお気に入りでさ、学童にもテレビとビデオぐらいはあったから、オヤツのあとに上映会したりするんだけど、たくみの奴、お気に入りのシーンを勝手に巻き戻して何度も観るんだよ。それもエドワードやヘンリーやゴードンが活躍するようなシーンではなくて、線路の枕木が映ってるだけのどうでもいいシーンばっか繰り返し見て手叩いて喜んでんの。他の児童から大顰蹙でさ、しょうがないからたくみには手の届かない棚にトーマスのビデオは隠すようになったんだけど、ドラゴンがたくみから目離した隙に棚によじ登って勝手にトーマスのビデオ取ろうとしてたから、知能は低いくせにそういうとこの勘だけは鋭かった。
自閉症の典型的な症状で、本人がこうと決めた事柄と違うことが起こるとパニックを引き起こすってのがあって、いつも使用してる水道の蛇口に洗濯機用の栓がついただけでパニック、サザエさんの歌を替え歌で唄うとパニック、そのうちドラゴンじゃなくて別の先生が相手するだけでパニック引き起こしてたから、まあ手のかかるガキだったけど、ドラゴンの中にも母性本能みたいなものは芽生えてたかもしれない。
で、彼等が通う小学校の父兄参観に学童の職員も参加していいって話がきてさ、もちろんドラゴンの目当てはたくみの小学校での活躍だよ。期待に胸膨らまして観に行ったわけだけど、そのひまわり学級ってのが猛者揃いでね。休み時間なんか、ゴーカートみたいな遊具で教室の中をグルングルン周り続けてる奴とか、授業が始まったら始まったで、奇声あげて廊下飛び出しちゃうような奴とか、そんなんばっかりで、学童ではあんなに暴れん坊だったたくみなんか大人しくちゃんと席に着いて授業受けれてるんだよ。なんかドラゴンの期待してたたくみとは違うなってガッカリさせられて、べつに興味もない教室に展示してある生徒の作成物とか眺めて時間潰してたんだけど、ふとドラゴンがたくみの方に目線を戻したら、たくみの奴、ハーフパンツの裾から出したオチンチンの先の皮を指で摘まんでスリングショットみたいにキリキリと引っ張ってんの、静かだと思ったらオチンチンで遊ぶのに夢中なわけよ。ドラゴンそれ見た瞬間なんか嬉しくなっちゃってさ。おまけにそれを発見した先生に後ろから「こらっ」って注意されたら、あいつ体をビクッとさせてスッとオチンチン引っ込めたから、いけないことしてるって意識はあるんだろうな。あの時はドラゴン笑い堪えるのに必死だった、だって、たくみのお母さんも参観してたし。
懐かしいなあ、たくみもFacebookとかやってんのかな。