「さよなら真紀子さん」という僕自身、いやおそらくクラスの誰一人として知らない歌を歌う。知りもしない歌なんて歌えるはずもないのに、担任教師は狂ったように教卓をその両手で打ちつけてリズムを取るんだ。知っているぞ。おまえは教師の中でも一番に音楽が不得意な、体育教師だってことは。僕らなんてリズムどころかその歌の存在さえ知らないっていうのに。理不尽なんだ。理不尽すぎるせいで誰一人その不条理さに腹を立てようとしない。でも僕は!気付いているっていうのに!あぁ、この歌は知らないんだ!一切!微塵たりとも!
気が狂いそうな午後の長い長い休み時間。
今日も僕もみんなもまったく抵抗なく知らない曲をなんとなく出来上がりつつあった適当なテンポと適当な歌詞に合わせて曖昧に口ずさむ。
「僕は、この歌を知らないんです。先生」
左の奥に座っている、徳村だった。
背の高い、普段はまったくおとなしい、物静かな奴だ。
みんながはっとしたようにそいつの顔を一斉にみた。六十四もの瞳が、彼の垂直に伸びた腕の先が、一体どうなるのかを固唾をのみ、見守っていた。
「先生。」
徳村は言葉の先を促すように、びったりと固まった表情をしたままの担任をまっすぐに見ていた。
「・・・そうか。」
担任は、子供の首くらいなら簡単に捻り潰してしまえそうなほど、筋肉で腫れあがった腕を教卓から下ろし、そのままだらんとさせ今の今までの威勢をすっかりしょぼくれさせて、ぐったりと折れ曲がった猫背を抱えて教室から出ていった。
徳村は、まったく普段通りの大人しい生徒に戻ってしまっていたが、僕らは彼を胸の内側で滾るえも言えぬ感情で、彼をまったく救世主のように神格化し始めたのだった。
問)この時の筆者(僕)の心情を40字以内で答えなさい。