霧の向こうからやってきたのは男だった
「男ならいらないね」
「そうだね」
私たちは男を無視して座りこんだ
霧の向こうからやってきたのは女だった
「女も・・ねえ?」
「そうだね」
私たちは女を無視して座りこんだ
霧の向こうからやってきたのは老夫婦だった
「もっといらないね」
「そうだね」
私たちは老夫婦を無視して座りこんだ
しばらくすると、向こうからおもちゃの劇団がやってきて私たちに喋りかけた
「やあ!お嬢さんたち!僕たちは今から目が無い人の国におもちゃの劇団の仕事で行くんだけど、なにせそこの国の人たちは目が無いだろう?だから君たちの声でお客さんを楽しましてあげてほしいんだ!一緒に来てくれないかな?」
「あなたも声が出るじゃないの。それでいいじゃない」
「駄目なんだ。僕の声ではあの国に行くと喋った瞬間に全部の空気が苦くなっちゃって僕が倒れちゃうんだ。だからお願い!手伝ってよ」
「ダメなのよ。ごめんね手伝いたいのはやまやまだけど、行けないわ」
「そうなんだ・・残念だよ・・それじゃあね」
「バイバイ」
しばらく座っていた。すると向こうから大きな声をあげて、拡声器を持った目の無い人々が歩いてきた。
「どうすりゃいいんだ!!どうすりゃいいんだよ!!!」
「どうしたの?」
一人ずいっと前に出てきて、私たちに向かって喋り出した。
「どうしたもこうしたもねえ!!どうすりゃいいんだよ!!!」
「ついさっき、あなたたちの国におもちゃの劇団が行ったわよ。とてもおもしろいショーをやるからそれを見ればいいのよ」
「バカ野郎!!そんなものおもしろくねえよ!」
「あなたは目が無いのに何故それがわかるの?」
「俺は見たんだよ!!まったく内容がねえ!!俺が今まで読んだり見たり聴いたりしたものを理解してきた俺が言うんだから間違いない!!それは間違いないんだ!!俺にはわかるんだ!!」
「そうなの。ならいいの。さようなら」
「ちくしょう!悩んでるぞ!俺は悩んでるぞ!」
拡声器で「悩んでるぞ」と連呼しながら目の無い国の人々は去って行った
「どうするんだろうね」
「ね」
「まだこないね」
「こないね」
「もう帰ろうか」
「だね」
すると向こうからさっき過ぎて行った男と女と老夫婦が歩いてきて私たちに喋りかけた
「ありがとう。私たちはここからもう出ていくよ。」
「わかったわ。さようなら」
「さようなら」
「私たちもそろそろいきましょうか。ねえ?」
「うん」
遠くの方からはぼんやりと拡声器の音が聞こえていた。永遠に、ずっとずっと聞こえていた