よく陥るパターンなのだが、初心を忘れてしまう場合が多々ある。目的から逸れていくという行為が往々にしてまかりとおる。
根本の志はもっと尊いものだったはずだ。
公衆便所を例に挙げよう。それは皆が誰に気兼ねするわけでもなく用をたすことのできるデリケートな空間だった。
人類で最初にマジックインキを握りしめて個室に籠った奴がいる。そいつが初めにその契約を無効にした。
便所の落書きに地域性も時代性もない。全て作者が一緒なんじゃないかと疑うぐらい同じ文面と単語の羅列、例えばA子の貞操観念が薄いことが宣伝される。それがB美やC奈に代わって、梅毒持ちだったり、性器が異臭を放ったり、という内容に差し替わる。お馴染みの男性器と女性器をディフォルメしたシンボルマーク、あれは千年後の便所の壁でも寸分違わぬデザインで発見することが可能だろう。
想像してみて欲しい。壁じゅうをチンコ/マンコマークと卑猥な単語で埋め尽くされた公衆便所の個室で、あんな邪悪な波動が充満した密室で、まともな人間がゆったりと糞尿を垂れ流したりできるであろうか。いまだに利用者がいるとするなら、十中八九、余白にポルノ壁画を増殖させている輩か、それを眺めて楽しんでいる変態のどちらかだ、断言していい。
カール・フォン・ドライスによって人類最初の自転車ドライジーネが発明されたのは1817年のことだ。計測地ボーンから37kmの道程を二時間半で走破、平均時速15kmを保ちながら運転手を目的地ディヨンまで運び終えた。駆動は三輪車と同じ足蹴り式、車輪は木製で鉄の帯が巻かれていた。最初のゴムタイヤの登場はまだ先の話になる。1889年、空気入りタイヤの特許取得に成功したダンロップの当時の職業は獣医だった。車輪のルーツはさらに紀元前5000年まで遡る。そりの下に敷いた丸太を移動のたびに順次入れ替え、エゴの塊のような巨大建造物を運搬させられる。車輪というよりキャタピラの発想に近い。
最初にサドルの振動でオルガズムスに達した英国貴婦人の話、この手のゴシップは公式の記録から抹消されている。
チャリ・レスという遊戯がある。チャリンコ・レスリングの略称で、ルールは至って簡単だ。競技者二名以上と同じ数の自転車を用意する。制限時間内に対戦相手の自転車をよりこっ酷く破壊した方が勝ち。闘犬が飼い犬同士をけしかけるのに対し、飼い主自ら直接手を汚すのが、このゲームの肝だ。参加人数によって、タッグマッチやバトルロイヤルも有り得る。
ドラムブレーキは垂直落下式/ブレーンバスターで機能停止する。リフレクターは雪崩式/DDTで粉砕される。スポークはスワンダイブ式/フットスタンプで叩き折られ、フロントフォークはチキンウイング/アームロックで湾曲する。
技の固有名詞にとくに意味はない。/前の修飾語は、曼陀羅式とか、狂牛型とか、グランドゼロ風とか、セカンドレイプ的とかに変更してもらっても一向に差し支えない。代替可能だ。
シンセティックレザー張りのサドルにサバイバルナイフを突き立て、切り裂く。鉄とクロムとモリブリデンの合金フレームに灯油を浴びせ、火をつける。
念のため断っておくが、公式戦での武器の使用は禁止されている。
兄さん、どうやら僕もとっくの昔にモチベーションを見失っているらしい。