ビレクは頭を抱えた。湖畔に佇むこのカフェもじきに、滑走路に変わる。広い公園が、今では煙を吐き出す工場地帯になった。街一番の人をダメにするクッション屋も、二束三文で買い取られた。ビレクの街の静けさはもはや、都市化のノイズと成り果てていたのであった。ビレクはただ単に政治に一言物申したいだけの無知な青年であったかもしれない。ただ、彼の怒りは行き場をなくしていた。人をダメにするクッションを殴りつける。中から人をダメにするワタが溢れた。それを見た彼の頭の中の人をダメにするクッションも同時に破裂した。何か、人をダメにする光のようなものが溢れてくるのを感じた。彼はいてもたってもいられず、扉を開け外へ飛び出していった。
ビレクとその親友のエイツは、公園の中央に鎮座する人をダメにするクッション像の前で落ち合った。2人はもう10年来の仲だが、いまだに大きな確執もなく友好を保っていた。だが、今日の2人の面持ちは暗かった。
「……今朝の新聞、読んだか?」
「ああ。俺たちの街がなくなるなんて、許せない」
今朝の新聞には、俳優の不倫などが大きく取り上げられ、人をダメにするクッション体操の2番がその隙間を埋めていた。だが、情報でごった返すどうでもいい小さな一コマから、大合併は始まっていた。どこか遠くの山の木を薙ぎ倒す戦車を、彼らは絵空事のようにただ眺めていた時期もあった。だが今度はビレクたちの街に銃口が突きつけられている。新聞によると、反対する老人が軍の小隊によって数人処理されたということが簡潔にまとめられていた。まるで、犬が凍えたことを、犬が凍えたと、ただそれだけ綴ったかのようだった。街を愛する2人にとって、これほどあっさりと街を失うということは考えられなかった。
「今夜もう一度この人をダメにするクッション像前で落ち合おう。クーデターしか道はない」
「そうだな。とうとう今まで蓄えてきた備えが火を吹く」
ウズウズを抑えきれず像に抱きつくエイツを見てビレクは初めて少しだけ笑ったのだった。
その夜、布団の中でビレクは自分がダメにしてしまった人をダメにするクッションに抱きついた。人をダメにするクッションには大きな穴が空いていた。何を思ったか彼は自分のちんこをクッションの穴に突っ込んだ。たちまちちんこは何かを吐き出した。それはビレクの脳や感情だったのかもしれない。だが、人をダメにするクッションは抱きつくだけでも劇薬だ。彼の身が無事なわけはなかった。「おっ、小便」そう思うや否や、全部が心底どうでも良くなった彼はエイツが今頃公園で待っていることを思い出した。自分の無二の友人が真夜中の公園のど真ん中の冷たい金属の像に抱きついているところを想像して、彼は泣いた。像は溶かされ貴重な鉄になった。そして大勢の兵士の手元を支える銃となった。頑丈で逞しく、都会の子供達が羨む戦車になった。泣き止むころには、彼の心の中の蝋燭はとっくに枯れていた。頭の中のエイツは全裸で小さな国旗を振っていた。素敵な愛国者。股ぐらは全てを吐き出して柔らかく萎んでいた。
文字通り彼は、“クッションのように”なってしまったのだ。(EDテーマが流れる)