いつものようにバーで独り飲んでいると、カウンターの奥の方でこちらもまた独り、お酒を飲んでいる女性がいた。
俺はこの女性を知っている。THE Wで決勝に残っていた女芸人だ。俺は新道辰巳のごみラジオをよく聞くし、2カ月に1回ゲレロンステージに立つ、しがないお笑い好きの素人だ。だから、俺はその女芸人を心の底から、リスペクトしていた。
ただ、その目の前にいる女芸人は、とても艶やかだった。ステージの時とは違う雰囲気だった。もう一目惚れだった。俺の視線に気がついたのか、向こうもこっちを見て笑う。税理士をしている友人曰く、こういう状況になったら声を掛けないとむしろ失礼だという。俺は普段こそ、こういった行為はしないが、声を掛けようと思い、椅子に手をかけた。
その時、俺はふと自分の中のブレーキの存在に気がついた。
俺は、女芸人を、女として、見ている!!
俺はずっとあの女芸人を芸人としてリスペクトしてきた。それにもかかわらず、今、女性として声を掛けようとしている。これは、成功しても失敗しても、芸人として良いビジョンが見えない。もし、俺が芸人としてある程度の知名度を得たら……俺は女芸人を女として見るタイプだと思われてしまう!!
それは、とっても、ダサい!!!
まあ、いい。それはエピソードトークにでも昇華すればいい。芸人を理由に怖じ気づいてどうする。男なら行かなければならない。
俺は立ち上がって女性に声を掛けた。
「あの、すみません」
なんということだ、憧れの芸人を前にして、もうファンとしか思われない声の掛け方をしてしまった。もう完全に単独ライブの話をする流れだ。このままだと、相手の方もファンに対する対応のモードに入ってしまう。俺は、男として女に話しかけたいのに、ファンとして芸人に話しかけようとしている。
「よく、ここにはお一人で来られるんすか」
軌道修正した。ギリギリだった。
「ええ、ライブの後、たまに。ごちゃごちゃした飲み会もいいんだけれど、たまには1人で飲みたいの」
ここは、あえて何のライブかはスルーしておく。
「分かります。気分によって分けたいですよね、あ、なんかお酒奢りますよ、レッドアイでいいですかね」
その後も、当たり障りのない会話のキャッチボールが続いた。自分はお笑いとは無関係な仕事だったし、芸人にとってもそういった話は少々、興味深いようだった。ただ、そんな話も一区切りついたところで、危機が訪れた。
「趣味ってなんかあります?」
彼女の質問の返答に窮したのは、俺の趣味が「お笑い」しかなく、そして「お笑い」を趣味にしている人間にとって彼女の認知度はあまりに高かったからだ。ここで、「お笑い」と答えて彼女を知ってる事を白状すれば、俺は人間としての信用を失う。しかし、彼女を知らないと言うのはお笑いファンのプライドが許さない。口の中は乾き、背中から冷や汗がだらだらと流れているのを感じる。脳みそをぶんぶん回転させて、やっとの思いで口を開いた。
「ぷよぷよ、17連鎖、です」
やってしまった。それは彼女のプロフィール欄の特技に記載されていた内容だ。芸人のプロフィール欄を悪用してしまった。目の前が真っ暗になった。
その時、マスターが出してきた、ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン