大手の塾で成績が良くもなければ悪くもないクラス。滅茶苦茶な解答も少なければ感心させられるような解答もない。ただ答えに照らし合わせていく単純な作業。少し前までやっていたベルトコンベアで流れてくるチョコの個数を確認する仕事と大して変わらない単純な作業。チョコレートは脳を活性化させるというが採点など手作業でしかなく、この作業においては必要ない。
とはいえ生徒の成績にも気を配らなければいけないから機械的に採点するのではなく、どの生徒がどう間違ったのかを把握することが重要である。流れてくるチョコはどれも一緒でなければならないが、そうでないのが答案だ。
答案は驚くほど達筆なのもあればヒエログリフみたいにぐちゃぐちゃなのもある。この辺りに生徒の個性が出てくるのが面白い。そんな中で目に付いたのが過剰なほどに丸文字の答案だった。丸文字というのはかわいい印象があるが、案外読みやすいというのがこの仕事に就いてから分かったことだった。高齢者が書く達筆すぎる字と対極といえるのではなかろうか。しかしそれ以上に目に付いたのはXの記号がかなり角張っていたことである。
答案の持ち主は比較的真面目だが成績が伸び悩んでる女子生徒だった。質問にはよく来るが雑談などするタイプではない。何度も彼女の答案は採点してきたはずだが、改めてみると彼女の丸文字は意外だったし、それ以上に記号だけ角張っているのは異様にみえた。
若干の違和感を覚えながら採点を進めているとテストの解説部分に誤植があることに気がついた。XとYの代入するする数字が逆になっている。しまった、漫然と見ていたから気がつかなかった。大手でもたまにはこういうことがあるのか。幸いまだ3分の1くらいしか採点していないから訂正は少なくてすみそうだ。とりあえず、解説の部分を直そうとボールペンで修正したときにあっとなった。
私のXと彼女のXが同じすぎるのだ。意識してこなかったが私の字はかなり角張っている。つまるところ、彼女はもともと丸文字を書いていたのだが、なぜか私の筆跡に寄せてきていたのだ。これはどういうことだろうか。
もしかすると、と思って私は全ての生徒のXを確認してみたところ、全員が私のXに寄せていた。彼女が際立って丸文字だったから違和感が働いていたが、みんな私のXをイジっていた。なんてこった。そんな変なXだっただろうか。とはいえクラスの仲が良いこと自体は悪いことではない。これで勉強のモチベーションが上がっているのなら良いことだ。なんてことはない。いいことじゃないか。はっはっは。
みたいな事があればなと思ってSNSアプリ「X」のロゴに寄せて黒板にXと書いてみたものの、授業中は一切触れられず、後から保護者から「ふざけてるんですか」というクレームが1件だけ来たの悲しかったな。よく考えたら過剰なほどの丸文字を書く、眼鏡を掛けてシンプルなポニーテールにした女子生徒なんて存在しないし、なんなら塾バイト以外全部落ちてるし、この塾も私鉄の沿線に3つくらいある胡散臭いおじさんがやってる小さい塾だしなぁ~