「あれは私が5歳の時のことよ」
ー「えぇ」
「その頃の私は、週末になったら必ずジョディーおばさんの家に遊びに行ってたわ」
ー「えぇ」
「ジョディーおばさんは少し短気なところもあったけど、とても優しくて私によくアップルパイを焼いてくれたわ。私は大人になるまでそれが世界で一番美味しい御馳走と信じていたわ」
ー「そうね」
「あの夜もいつもと変わらない少し肌寒い夜だったわ。夜中の2時頃だったかしら。ふと畑側の窓がピカッと明るく光ったの。三圃式農業をやっている畑がね。三圃式農業は3つの畑をローテーションしながら育てる農法で、これが中世ヨーロッパの農業改革を支えたの。まぁそんな事はいいわ」
ー「えぇ」
「私は急いでPコートを羽織って外へ出たわ。Pコートはもともと海兵隊のために作られたもので、船の、特に甲板の上は寒いからあのようなデザインになっているの。まぁそんな事はいいわ」
ー「そうなのね」
「靴を履いて私は畑へ向かったわ。家から畑までは200ヤードほど離れていたので寂しくて、少しセンチメンタリズムな気持ちになったわ。センチメンタリズムは18世紀のヨーロッパ文学によく見られる傾向ね。日出ずる国日本のリューノスケ・アクタガワの「羅生門」にも出てくる表現よ。あれは名作だわ。東洋の神秘に触れられる。是非読んでおいた方がいいわ。まぁ今の私は日沈む淑女って感じだけどね、ハハッ」
ー「えぇ」
「畑に着くと私は大きく深呼吸したわ。フィヨルドから吹く風はとても冷たくて、鋼のような鋭い空気が小さな肺を満たしていったわ。フィヨルドというのは氷河で浸食された地形ね。海水が谷の深くまで入り込んでいるわ。特にプレーケストーレンから見えるリーセフィヨルドは最高の眺めよ」
ー「そう」
「吸い寄せられるように光の方向に走って行くと、私は愕然としたわ。小麦畑の上に、そうね、るつぼをひっくり返したような巨大な物体が浮かんでいたの。私は直観的にこれは乗り物だと分かったわ」
ー「乗り物と言えば高速鉄道などには空気バネが採用されているわ」
「え?」
ー「これはある一定速度を越えた時に発生する蛇行動を抑えるためのものよ。全く技術者の熱意には頭が下がる思いね」
「え?その光る巨大な物体のドアが開いたと思ったら見たことのない生物が...」
ー「ドアはdurzが語源ね。そこからいくつかの変遷を経て、現在のdoorになったわ。ポンペイから大理石製のドアが出土していて、これが世界最古のドアと言われているわ。歴史のロマンを感じるわね」
「その銀色の生物が私をさらって...」
ー「銀と言えば18世紀のイギリスは中国、インドと三角貿易を行っていて、イギリスの銀が中国に大量に流失してしまったの。イギリスはそれを嫌って銀の代わりにアヘンを中国に売るようになったの。これが後のアヘン戦争に繋がったってわけね」
「もういいわ。私は眠らせてもらうわ。おやすみなさい」
ー「おやすみなさいという言葉はそもそも」