アイドルとしての価値なんてとっくになくなっていた。
50歳・・埼玉のイオンでのライブ中にステージから落下。右足の大腿骨を骨折。
苦節35年。売れることもないまま賞味期限の切れたアイドルは廃棄寸前まで追いやられていた。いや、もう本当はこの時に廃棄されていたのかもしれない。
彼女は言った。私はアイドルとして生きてアイドルとして死にます。しかし、その言葉はテレビで取り上げられることはもちろん、ネットニュースになることもなかった。
60歳・・飲酒運転による玉突き事故。右足の大腿骨を骨折。
苦節45年。もはや売れてないアイドルの事故はただの事故だ。ニュースにもなった。少しだけ売れたと思った。この頃から感覚がおかしくなっていたのかもしれない。
彼女は言った。私はアイドルとして生きてアイドルとして死にます。めちゃくちゃ叩かれた。あなたが思ってる8倍は叩かれてる。まったく関係のない小倉優子まで叩かれたくらいだ。
70歳・・フィリピンパブで店員に罵声を浴びせ暴行。報復による右足の大腿骨を骨折。
苦節55年。警察がまたあなたですか、と言ったらしい。常習犯だった。
彼女は言った。私は犯罪者のアイドルです、地獄のコンサートで待ってます。少しスベったせいか、何のメディアにも取り上げられなかった。近隣の小学校での発言だった。PTAは怒っていた。
80歳・・自宅で着席。右足の大腿骨を骨折。
苦節65年。彼女の足は左手だけやたらデカくて右手は小さい蟹。そんな感じになっていた。
彼女は言った。もうない方が楽なのに。事件を起こす力もない彼女のトピックスは大腿骨を折るか折らないか、それだけになっていた。
90歳・・息を吸う。右足の大腿骨を骨折。息を吐く。右足の大腿骨を骨折。
苦節75年。もはや呼吸のように、いや肺の機能のかわりに右足の大腿骨を折っていた。折れていることが正常だったのだ。
彼女は言った。もう折れてない方が痛いよ。脳も体も衰え、もう彼女にアイドルなんて意識はなかった。
100歳・・アイドルを引退。右足の大腿骨、行方不明に。
苦節85年。折れに折れた大腿骨はいつの間にか消えていた。無限プチプチも本当は無限じゃないように、彼女の大腿骨も無限ではなかった。
彼女言った。アイドルと大腿骨を失った私はなんなんですか。知るか、そんなもん。立ち上がってもう一回言おう。知るか、そんなもん。
彼女のアイドル人生は、右足の大腿骨の骨折と共にある。折れてない時期の記載がないのは本当に何もなかったからだ。彼女が脚光を浴び(浴びてはないが)世間に認知されたのは(認知されてはないが)右足の大腿骨の骨折があったからと言っていいだろう。
そして最期に彼女は言った。大腿骨ってフランス語ではアイドルって言うんだよ。違う、fémurだ。