こんなこと言われても困ると思うけどさ、お前が今必死で渡ってる綱は俺の母さんが編んだ綱なんだよ。
母さんの綱は渡る人のことを考えて途中で大きい足場を作るんだよ。そう、お前が今立ってるそこがそうなんだ。
綱渡りしてて足が横に並ぶ瞬間なんて普通ないだろ?でも母さんは優しいからさ、絶対に立てるように足場を作ってたんだ。
母さんはずっとそれが誇りって言ってたよ。俺は、納得できなかった。スリルあってこその綱渡りだろって思ってた。だからあの日も母さんの反対を押しきって東京の綱編み職人の元に弟子入りしに行ったんだ。
東京はなにもかもが違うんだよ。綱の編み方の技術もそうだけど、色んな考え方があって皆それを受け入れてた。
俺の師匠も母さんの考え方はある意味では間違ってないって言ってたよ。
それでさ、師匠はもちろん、他にも色んな人の価値観に触れて母さんは間違ってないってやっと思えるようになったんだ。そんな矢先だったんだ、母さんの訃報を聞いたのは。
転落死だった。足を滑らせてベランダから落ちたんだと。皮肉なもんだよな、綱渡りの綱を作ってた母さんが転落死なんてさ……。
俺ずっと謝りたかったんだ。あの日、母さんとろくに話もせずに東京に行って、それから1回も帰って話もしなかった。でもずっと謝りたかったんだ俺は、俺は、俺は俺は………母さんの編む綱が好きだった………ごめんなさい………ほんとは母さんの編む優しさに満ちた綱が好きだったんだ………お前に言っても仕方ないのはわかってる、でも言わなきゃ俺は前に進めないんだよ!
あ、落ちた。うわマジか~~~~まぁでも綱渡りってそういうもんだよな。うわ痛そ~~完全に腕イってんじゃん。まぁ救急車くらい呼ぶか。じゃあ俺バイトあるし、あとは頑張って!おおきに!
さっきの話ですか?嘘嘘、全部嘘ですよ。僕の母さんは下北沢で弁当売ってますよ。良かったら来てくださいよ。のり弁なかなか美味しいですよ。