小さな森の小さなお話。
ここは森のケーキ屋さん。リス店長は今日もおいしいケーキをせっせせっせと作ります。でも、リス店長には悩みごとがありました。
「お店を開いてから一週間、まだお客さんがひとりも来ないなあ。どうしてだろう?こんなにおいしいケーキなのに」
リス店長は自分で作ったケーキをぱくり。甘くておいしいイチゴとクリームの味が口の中いっぱいに広がって幸せな気持ちになりましたが、こんなにおいしいケーキを森のみんなに食べてもらえないことを思うと、すぐにとっても悲しい気持ちになってしまいました。
「はぁ…どうしたらいいんだろう?」
リス店長がため息をついていると、お店の入口のドアがカランコロンカランと開きました。「お客さんだ!」と思ってリス店長が顔を上げると、そこには悲しそうな顔をしたシカさんが立っていました。
「シカさんいらっしゃい!初めてのお客さんで嬉しいよ」
リス店長がそう話しかけると、シカさんは悲しそうな顔を上げて、まじめな顔で言いました。
「コウモリじいさんが、死んだよ」
リス店長はシカさんが何を言っているかわかりませんでした。まじめな顔をして冗談を言っていると思いました。リス店長はコウモリじいさんには1ヶ月ほど前に会っており、その時は病気もけがもしておらず、元気そのものだったのです。ケーキ屋さんを開くことを伝えると、楽しみじゃと、お前さんの作るケーキならさぞおいしかろうと、そう言ってくれていたのです。コウモリじいさんはリス店長が子リスだった頃から、とてもとても優しくしてくれたご近所さんで、身よりのなかったリス店長にとっては親みたいな存在で、暴力沙汰を起こして補導された時は身柄を 引き受けてくれて働き口までくれて、高卒認定試験に挑戦したいと相談した時も背中を押してくれて、合格した時には自分のことのように喜んでくれて、そんなコウモリじいさんが死んだ?なんで?
「シカさん、でも、え?シカさん、一体なんで?」
「つい1ヶ月くらい前にね、病気が見つかったんだ。あと数週間の命だって言われたそうで、僕はリスさんに伝えると言ったんだけど、じいさんは伝えないでくれと、リスさんの新しい門出を邪魔したくないと、そう言ってきかなかったんだ。だから僕は森のみんながもしこのことを知ってもリスさんには伝えないでほしいとお願いして回ったんだ。リスさん、さっき僕に初めてのお客さんだって言ったね?ごめんね、そのせいかもしれない。森のみんなはリスさんとコウモリじいさんがどれだけ深い付き合いなのかを知ってる。だからそのことを黙ってリスさんに会いに行くことが怖くって、ケーキ屋さんに足が向かなかったんじゃないかな。結果としてリスさんの門出を邪魔したくないと言ったじいさんの遺志に沿わない形になってしまって、本当に申し訳ないと思う。ごめん」
そう言ってシカさんは深く頭を下げました。リスさんは泣いていました。
「そんなことって無いよ。最期にも立ち会えないなんて、僕は家族みたいなものなのに。なんて勝手なんだよ。今、今コウモリじいさんの遺体はどこにあるの?せめて顔だけでも拝ませてよ。」
「リスさん、じいさんの遺体は火葬して空にまいたんだ。死に顔をリスさんには見せたくないって。これもじいさんの遺志でね。ごめん」
リス店長の中に不思議な気持ちが沸き上がって来ました。じいさんがそんなことを言うだろうか?リス店長にとってコウモリじいさんは家族みたいな存在で、リス店長が直接お別れを告げたいという気持ちを考えないことがあるだろうか?だとしたらシカさんは?気がつけば涙は止まっていて、ケーキ屋さんの窓から差し込む光で影になったシカさんの顔に向かってリス店長は言いました。
「森のみんなは、じいさんに何をしたの?」
小さな森の小さなお話。