「姉さん。もし、僕たちが姉と弟という関係じゃなければ、こんなに苦しく、もどかしい思いを抱えることも無かったでしょう。姉さん。その白くしなやかな腕で僕を抱きしめて欲しい。その柔らかな太腿に頭を預けて眠りたい。ああ、姉さん。許されない愛だとわかっています。それでも願ってやみません。もし、僕たちが禁忌を超えて結ばれるのならば、もう他に望むものはありません。」
しかし、彼の言葉には嘘があった。
他に望むものはないと彼は言ったが、彼には他にも望みがあった。
何でも手に入れられる巨万の富を築きたかった。
誰に対しても媚びへつらう事無く生きられる地位が欲しかった。
かつて自分を蔑み、爪弾きにしてきた者たちへ復讐がしたかった。
大自然に囲まれてキャンプがしたかった。日々のストレス、都会の喧騒をキャンプによって忘れ去りたかった。キャンプ場から遠すぎず、かといってキャンプに非日常性を感じられる程度には近すぎもしない住所に住みたかった。キャンプを目一杯満喫する為のキャンプ道具が欲しかった。しかし、キャンプ道具を買おうにも何を買えば良いかわからない。ネットで調べればそれなりの指南サイトには行き当たるが、果たしてそれが自分の求めているキャンプと同じ温度感のものかは判断が難しいので、そこで紹介されているキャンプ道具を安易にポチッて良いものか悩んでしまう。だから彼はキャンプ仲間が欲しかった。膨大なキャンプの知識と、自分の趣味嗜好を熟知してくれている最高のキャンプ仲間だ。しかし、そんな人にはきっとすでにたくさんのキャンプ仲間がいて、一緒にキャンプに行こうとしても、そのすでにたくさんいるキャンプ仲間たちもぞろぞろとついてくるだろう。そしてその中にはきっと自分とは相容れない、いけすかないやつも混じっているはずだ。そんなやつらと一緒にいるなんて、ましてやキャンプをするなんて死んでもごめんだ。癒されるわけがない。癒される為にキャンプに行きたいんだ。ふざけるな。だから彼は嫌い嫌いキャンプ仲間キラーが欲しかった。嫌い嫌いキャンプ仲間キラーとは、もし仮に一緒にキャンプに来たメンバーの中に嫌いだなってやつがいた場合、スイッチひとつで灰にしてくれるマシーンだ。しかし、そんな物騒なマシーンを持ち歩いている男に、キャンプ仲間が寄りつくはずがない。だから彼は嫌い嫌いキャンプ仲間キラーを隠すためのボックス、嫌い嫌いキャンプ仲間キラー隠し隠しボックスが欲しかった。しかし、そんな謎のボックスを持ち歩いていると、「何そのボックス?」などと聞かれるだろう。適当にあしらって取り繕ったとしても、いつかは本当の事がバレてしまうに違いない。だから彼は、嫌い嫌いキャンプ仲間キラー隠し隠しボックスの正体が気にならなくなる成分が配合されたスプレー、嫌い嫌いキャンプ仲間キラー隠し隠しボックスキニナラナクナールが欲しかった。これで心おきなくキャンプを楽しめる。彼は夜空に舞い上がるキャンプファイヤーの火の粉越しに星を見たかった。沢のせせらぎに耳を傾けながら、ランタンが照らすテントの中で本を読みたかった。帰り道、みんなを送り終えたミニバンのハンドルを握りながら、ちょっぴり切なく笑いたかった。カーラジオからは中村一義が聴こえていて欲しかった。