東京駅のファミマで買ったカップ焼きそばに熱湯を注いでいたところ新幹線の時間を勘違いしていたことに気づき、慌てて走ってホームまで向かう途中、カップのふたが開いてレジ袋の中に焼きそばをこぼしてしまった。幸いなことに予定の新幹線には間に合い、頃合いを見て焼きそばを袋ごとゴミ箱に捨てるつもりであったが、どうにも空腹には耐えられず、静岡を通過したあたりでレジ袋から直接焼きそばを食べていたところ、客室前方のドアから車掌らしき人物が姿を現した。車掌ではなく「車掌らしき」と言ったのは、彼の服装はほとんど車掌のものであったが、左手に赤い十手(江戸時代の岡っ引きが持っていたあの道具)を持っている点、眼球が上転しきって血走った白目だけがこちらに見えている点、その2点が私に疑念を抱かせたからだ。とはいってもおそらく彼は車掌で間違いないだろう。私は車掌から目が逸らせなかった。
車掌はドア付近にいた乗客の一人に近づき、十手で右の手のひらを軽く叩きながら「切符を拝見」と言ったかと思うと差し出された切符を客の手首ごと十手で床に叩き落とし、切り落とされた客の手首からは赤い煙がたちのぼっていた。車掌は自分の喉に右手を突っ込み、何度かキュウリの折れるような音をさせたかと思うと、息の力で右手をぷっと吐き出して、そして叫んだ。
「日本人にキチガイは一人もいません!!いないのである!!」
「幻覚幻聴妄想解離結構結構、近代医療には好きなように言わせておきなさい!すべての幻には理由がある!日本には神がいる!」
とんでもないことになってしまったと思った。私の全身を冷気が駆け抜け、それは冷や汗になり、レジ袋の中の焼きそばにボタボタ降った。
車掌は次の乗客に近づくと、質問した。
「きみはキチガイですかい?」
乗客は答えた。
「私はキチガイです。」
車掌はそれを聞いた瞬間上転していた眼球を下転させて、先ほどまでとは違う白目を表面に出しながら叫んだ。
「だからぁ!!!!日本人にキチガイは一人もおりませんのダ!!幻覚幻聴妄想解離結構結構、悪霊、狐、宇宙人、怪電波、AI、妄想を訴える原因は時代とともに変わってきイ!!これは妄想が社会からの影響で作り上げられた虚構だからではなイ!!実際にそれらが脳に働きかけている証拠証拠証拠証拠証拠!!そして日本人の脳に働きかけられるのは日本の神の他にない!!キチガイはキチガイではない、神に攻撃されているだけなのポ。」
車掌はそういうと十手を逆手に持ち替え、乗客の頭頂部に振り下ろした。乗客は十手が刺さる前に急いで小さな蟹の群れになり、床に染み込んで逃げた。
車掌はまた次の乗客に近づくと、質問した。
「ビビビビビキミはキチガイかい?」
乗客は答えた。
「私はキチガイではありません。」
車掌はにっこり笑顔を作って言った。
「うんにゃ、アンタはキチガイだ。」
車掌は右手で乗客を握り締め、小球になった乗客を団子のように十手に刺した。あらゆる方向から黒胡麻が飛んできて、尖った部分を外側に向けながら乗客の表面に貼りついた。
気がつくと車掌が私の前にいた。
「アンタはキチガイか、そうじゃないならどこかのお姫様かい?」
私は尿を漏らしそうになったが、冷や汗によって体中の水分が失われていたせいか、濃いスライム状の黄金の流体が大さじ1杯ほどパンツから飛び出すだけだった。私は目をつぶり、顔についたスライムを両手でぬぐい取りながら、生まれて初めてこの世から消えてしまいたいと願った。
目を開けたとき、視界は目を閉じる前と何も変わらなかった。私は覚悟を決め、目をつぶってる間に人魚になってしまった自分の下半身を艶めかしく撫でまわしながら、口を開いた。
「正直ずっとなにがなんだかわかりません。困っています。」
車掌は十手を後ろに放り投げてこちらを見つめて言った。
「大変申し訳ございません。こちらお詫びのしるしですが、シンカンセンスゴイカタイアイスでございます。この度はご迷惑をおかけして大変失礼いたしました。」
公式がシンカンセンスゴイカタイアイスって呼ぶのは違うだろ。いやふざけるな、と思った。