挙式前夜、たっぷりと余裕を持って準備を済ませた二人は早い時間から寝室のベッドに入る。よほど疲れていたのだろう、彼はすぐに眠ってしまった。彼女は寝顔を眺めながら小さく語りかける。
「いろいろあったよね」
本当にいろいろあった。交際を始めて三年と半年、紆余曲折を経てついに挙式を明日に控える彼女には、こみ上げてくるものが確かにあった。
「告白のとき、お互い緊張してたよね」
思い返せば彼から告白してくれたのだった。二人にとって人生最大のターニングポイントであり、褪せることのない大切な思い出である。
「そうそう、初デートの遊園地覚えてる?楽しかったね」
初デートは遊園地であった。観覧車の中で撮ったツーショットは、今でも彼女の部屋の机に大事に飾られている。
「そうそう、ケンカもたくさんしたよね」
些細なことでケンカをしたこともあった。しかしその度に彼から謝ってくれる、そんな優しくて可愛げのあるところに彼女は心酔しているのである。
その時、突然天井の隙間から黒い何かが姿を現しそのまま彼女の視界を横切った。
「そうそう、ゴキブリも出るんだよね」
一軒家に越してきて同棲を始めてからたまに見かけるようになった。「一匹見かけたら百匹いると思え!」なんてふざけてケラケラ笑い合った。
「でも・・・式場には出ないでね・・・」
彼女はかすれるような声でそう呟いたあと、明日に備えて早々と部屋の灯りを消した。