テーブルクロス引きは極限の集中力を要する
テーブルクロス引きでは、テーブルクロス上のそれぞれの物体の「動」と「静」の周期、そしてそれらの一刹那の均衡を決して見逃してはならない
我々の目に静止しているかのように見える物体は、実は心臓のように鼓動しており、「動」と「静」という状態を繰り返している
その鼓動、それぞれの物体の鼓動がある瞬間に――それは本当に「一瞬の」時間なのだが――「動」と「静」でぴったりと重なるとき、そのときに布を引いてやると、テーブルクロスは成功する
成功するその瞬間は、物質の真理を見たかのような気分になり感動ものである
『先生、何か良い匂いしません?』
私はその感覚に取り憑かれているのかもしれない
私はテーブルクロスの端を両手で掴み、集中を始める
やがて集中が深まるにつれて、時間は本来の性質を失い、私の息は止まり、世界は静止し始める。
『先生分かりました?新しいラベンダーのシュッシュのやつ使ってみたんですよ、この布良い匂いするでしょ先生』
いや、そうではない。物体だけは動いているのだ。静止した時間の中で、物体だけは鼓動している。今の私にはそれが手に取るように分かる。私は極限の集中力の中に入ると、物体の鼓動を感じ取ることができる。それは何十年にも及ぶ修練によって培われた能力なのだが。
そこは無機質だけが意味を持つ世界だ。私はこれをゾーンと呼んでいる。
『先生、花瓶に水足りてないんで入れますね、あはは先生何で花瓶の前で仁王立ちしてるんですかー怖いですよー、水入れまーす』
私が初めてゾーンを知覚したのは15年も前のことだ。その日私は
『あ、じーっと見て、先生分かっちゃいました?布、変えたんですよシルクのやつから手ぬぐいに。実はこっちの方が手触りが良くて洗濯も楽なんですよね、しかも先生の好きな花の柄ですよ、先生好きでしょこういうの』
ブブブブブブブブ
『あっ先生、テーブルの上の携帯鳴ってますよ、マナーモードで振動してますけど取らなくていいんですか?あれ?先生携帯僕のとおそろじゃないですかー、うわー今気付いたーあはは僕超鈍感ですねー、ほら見て下さいよ僕のも、ほら一緒でしょ』
今だーーーーーー!!!!
ガチャーン!!
『わちゃー』