サナエは私がこの星で愛した唯一の女性だった。このような私の外見をまったく気にせず、サナエは愛を注げばいつだって倍にして返してくれた。彼女の笑顔が好きだった。泣き顔が好きだった。偏見に囚われない自由な精神が好きだった。サナエは私の太陽だった。
背の低いサナエはよく私に頼み事をした。「戸棚のお鍋を取って」「電球を替えてくれない?」「アンテナの調子が悪くて」。どれも他愛のない日常の雑用だったが、頼られる事が嬉しかった。私はそんな心の内を隠しつつ「仕方ないな」と呟き、自分の飛行能力をサナエに見せつけながら、鍋を取り、電球を替え、テレビのアンテナを調節した。
ある夜、ベッドの中でサナエはこう言った。「あなたの身体能力ならどんなスポーツでも優勝できるわよ」と。私は飛び上がるほど嬉しかったが「まあ当然だよ」などと言って興味のないふりをした。そんな私にサナエは追い討ちをかけた。「あたなにぴったりの競技をネットで見つけてあるんだから。でも今夜はもう寝ましょう」寝られるはずもなかった。一日の中で私の事を考えてくれる時間が一瞬でもある、それだけで胸にこみ上げるものがあったのだ。
私はサナエを起こさないようにゆっくりと立ち上がり寝室を出た。好奇心を押さえ切れなかった。サナエがどの競技を選んでくれたのか、そればかりが気になった。リビングへ向かい、盗み見るのは良くないと思いながらも、サナエのノートPCを起動した。インターネットブラウザの履歴をたどり、あるページを開いた。ウィキペディアの一ページだった。
パラリンピック
「障害者」の文字が私の目に躍った。私は混乱した。混乱していた。混乱の中で私はとうとう口に出してしまった。「地球人のサナエにとってこんな姿の俺は障害者なのか?」
私はハハハと笑った。ハハハと笑い、頭の奥深くで何かがはじけ飛ぶ音を聞いた。無意識に寝室の方を向き、両腕をクロスしていた。見慣れた光の筋が現れ、何度となく愛を交わした寝室を貫いた。分厚いコンクリートの壁とともに、最愛の人サナエは蒸発した。
一陣の風になりたい、と思った。