野球部主将、田中悟にはある壮大な計画があった。田中には小学生のころから思いを寄せる異性がいた。彼女の名は春野美香。野球部のマネージャーである。田中と春野は小学生のころからとても仲がよかった。だが、仲がよいせいか春野は田中を異性として見ていない節があった。そのため田中はなかなか告白する機会を見つけられないまま高校生になってしまった。
入学式の日。クラス分けを見ると幸運にも田中と春野は同じクラスであった。
その瞬間、田中はある壮大な計画を思いついた。春野に告白する計画である。その計画は「卒業式の日だけ学校を休み、心配して見舞いにきた春野に告白する」というものだった。田中はその計画を実行するため綿密に準備を重ねた。
まず春野に聞こえるような声で友達との雑談のなかで定期的に「皆勤賞を狙う」という言葉を入れた。これによって春野に「あ、悟君は皆勤賞を狙ってるんだ。」と印象付けるのだ。そして毎日教室に入ると同時に大きな声で挨拶をした。これによって春野に「あ、悟君今日もちゃんと学校来たんだ。」と印象付けるのだ。
1年生。彼は風邪をひくこともなく学校に通い続けた。何度か春野に「まだ皆勤続いてるね。がんばってね!」と声をかけられた。
計画はこれ以上なく順調だった。しかしある予想だにしなかったアクシデントが起こる。
2年生。春野とクラスが離れる。誤算だった。クラスが離れてしまっては毎朝挨拶しても春野には届かずいつしか春野も田中の皆勤賞など忘れてしまうであろう。
だが田中はここである秘策を思いつく。毎朝クラスを間違えたフリをして春野の教室に挨拶したのだ。これによって皆勤賞を印象付けるどころか「悟君ってかわいいところもあるんだね。」と思わせることもできる。
だがこれは田中の妄想で実際は「悟君って・・・バカ?」と思われていたのを田中は知らない。
ちなみに春野は田中の所属する野球部のマネージャーなので毎日顔をあわせるのでこんなことしなくても皆勤賞は印象付けられたのだ。田中はそれを完全に失念していた。
3年生。二人は再び同じクラスになった。田中はこの1年間も全く病気をせず学校に通い続けた。
そしていよいよ計画を完遂させる日がやってきた。
朝6時。いつもどおりの時間に目を覚ましたが学校に行く準備はしない。悟は1人暮らしなので親に起こされて学校に行かなければならなくなることもない。完璧だ。
布団の中で告白の台詞をまとめる。「美香の姿を見たら熱が下がったよ。もう風邪をひきたくないから僕と一緒になってくれ。」完璧だ。何か一段階とばした気もするが大した問題ではない。
そして、その時はやってきた。
午後3時。思ったよりも遅かったが玄関のチャイムがなった。鼓動が早まる。
台詞を暗唱して最終確認する。「美香、結婚してくれ。」緊張のせいかだいぶ変わった気がするが大した問題ではない。ようは告白できればいいのだ。
「悟君?美香だけどあけてくれる?」と声が聞こえる。「今行くよー。」と返事を返しながら玄関に向かう。ドアノブを握り一拍おいてからドアをひく。「ごめん風邪ひいちゃっ・・・。」
そこにはクラスメイトたちがいた。
「どうしたんだよ!?」「いきなり休むから心配したんだぞ!」「元気そうじゃねえかよ!」「田中君いないと教室がさびしかったわー。」「もう大丈夫なの?」「皆勤賞惜しかったねー。」
なんだこれは。戸惑う田中に春野が声をかける。「みんな悟君が心配だったんだよ。ほら、制服に着替えて!」
「え、なんだよ。もう式終わっちゃったんじゃ・・・。」
「いいからいいから!早く早く!急いで!」
言われるままに服を着替える。全く訳がわからない。いつもの倍の速度で服を着替え終わった。
着替え終わって外に出る。誰一人帰ることなく待ってくれていた。
「準備できたみたいだから行こっか!」
「え、どこにだよ?」
「決まってるでしょ!卒業式だよ!!」
みんなに連れられて学校に到着する。そして導かれるまま体育館に入った。そこで田中は信じられないものを目にした。体育館に整列した全校生徒。その数およそ1500人。
「遅いぞ悟!!」「生徒会長がいなくちゃしまんねぇぞ!!」「東大合格おめでとう!」「お前は最高のキャプテンだよ!」「お前は俺たちの誇りだ!!」
そういえば春野に対する好感度アップにつながるかと生徒会長になっていろいろ仕事をした記憶もある。
担任にすすめられるまま東京大学を受験した記憶もある。甲子園で優勝した記憶もある。
『卒業生代表!!田中悟!!!』壇上の校長先生のマイク越しの声が響く。
卒業証書と皆勤賞の商品の目覚まし時計を受け取った。後ろから大きな拍手と歓声が聞こえる。
振り向くとみんなが心から祝福してくれていた。「おめでとう!」と春野の声も聞こえた。チャンスは今しかない。
「春野美香さん!僕と結婚してください!!」
「悟君・・・ごめんなさい!!」
拍手と歓声が止まった。田中は眩暈を起こして壇上から落ちて頭をうった。
それから20年。田中はまだ目を覚まさない。